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50代からのライフスタイル

「はじめての介護」で家族間がヤバい(愚痴多め)

気分転換

要介護4の母の介護をやっています。(やっていました)
はじめての経験で慣れないのでいろいろありました
前回の続きになります。

先日の「あさイチ」でも介護で家族間が険悪になるって
言っていました。あるあるなんですね。

「はじめての介護」で家族間がヤバい愚痴多め)

老いては子に従って欲しい→力関係を変えたがらない父

何がわたしをイライラさせたか?
それは父の性格と老いでした。

普段なにげない会話では同居していても気づきにくい。

父はプライドが高く、絶対に意見を曲げない頑固爺。

階段をのぼる老男性
50代「老親と外出のすすめ」元気だと思っていた80代父がヤバかった。みなさんの親は大丈夫ですか? 元気そうに見えていても中身はかなり老化しているかもしれません。わたしの父親の話を書いています。...

一緒に介護することになり、密に話し合う機会が増え、
想像以上に父の老化に愕然としました。

物忘れがひどいのと判断能力が鈍ってきているのと
それに反して絶対にわたしの言うことを聞く耳がない頑固さ・・・
歳を取ってもまだじぶんが上に立ちたい。老いても子に従えない。

老いと執着:タンスを手放すまでの道のりにグッタリ | ハルメクハルトモ倶楽部 (halmek.co.jp)

おむつ替えや母のケア全てに口を出し、手を出しているけれど
全然うまくできていない・・・
それに対してわたしが口を出すと猛烈に攻撃してくる・・・

ことりんご

はぁ・・・・
いい加減にして欲しい

昭和初期生まれの男はなかなかアップデートされない

元々仲の悪かった両親でした。

介護1になり、母が免許返納をした時には

なんで俺がお前を乗せていかなきゃ
いかんのだ

そういう感じでした。


なので

わたしもたまに連れてってあげるよ

と伝えてました。

実際、これまでじぶんの好き勝手にしてきた父は母に頼まれるたびにイライラし、
文句を言っていました。

妹のお姑さんが要介護になった時、お舅さん1人で
介護をされたそうですから できないことはありません。
友だちのお姑さんもお舅さんの介護をされています。

昔のように長男の嫁が介護をするなんてナンセンスです。

ただ、仲が悪い夫婦だったので 父が母を介護することをなかなか受け入れれなかった様子でした。

わたしにはわたしの人生がある

何度もわざわざ口に出して

ことりんご

あなたが中心にお母さんの面倒を見るのよ。
わたしは手伝うから。

と言い続けて父に促しました。

家族が重いと感じるあなたがラクになれる2つの方法 | ハルメクハルトモ倶楽部 (halmek.co.jp)

わたしは若いころから中年期まで毒親に支配されてきたので
もう親に振り回されるのはできるだけ避けたいと考えていました。
そして夫婦のことは2人で解決していってほしい。
協力はするからというスタンスでした。

(結局は口しか出さない父に振り回されていましたが)

「老々介護」子どものような父に疲れ果てる

何においてもわたしの反対をして
結局進まず、口喧嘩ばかりになり疲弊しました。

妹に中に入ってもらい、別々に話を聞いてもらい
いったん、わたしも父も落ち着いて仕切り直しました。

誰かと話すことで何が問題でどうしたいのか客観的に見れるようになったのです。


その直後はとにかくわたしは口を出さず、率先して何もやらず
父の補助に徹することに(口を出したくなる~~~~~)

でもどう見ても父はうまくできていませんでした。

もうそういうフェーズではないのですが(たぶんもうボケている)

なまじ半ボケなので言うことを聞きません。

わたしの中の変化


最初は父に任せるように。

でも全然できてないのに
こうしなきゃあかん!ああしなきゃいかん!相変わらず口うるさい男。

妹も実際介護をやってるわけではないので(外の人にはわからない)
彼女の話だけをうのみにせず、自分なりに変えていきました。

指示は出さず(命令に聞こえてマウントを取りたがり、どうにもならないので)
「ちょっとベッド上げるね」くらいで声をかけて
黙って黙々と作業をすることに徹しました。

例えば、おむつを開いてから父はやっとタオルを濡らしに行きます。
洗浄するための容器にお湯を入れ始めたり、順番に思いつく度にやっていましたが
それでは母が寒いしおむつを脱いだ状態で放置されたままになってしまいます。

父は先にすべてを準備して作業することができないので(何度言っても無理だった)
父が手間取っている間に黙ってすべてを準備して、手渡しをするようにしました。

口出しもしないし 作業もスムーズに進むので文句を言わなくなりました。

わたしは「もっとこうしたらいいのに・・・」と口出しそうになるのを
グッとこらえました。

とりあえずはスムーズに進むようになった


とりあえずは喧嘩せずにスムーズに進むようになりました。

(わたしが我慢してるわけですが(笑))

その代わり、わたしは毎回のおむつ替えを手伝わないことにしました。
(依存しないように)

1日5回は替えましたが、大事な時間(寝る前と朝)以外で父に任せました。

例えば

今日はわたし出かけるから
帰りは夕方かもしれないよ

と伝えておき、暗に「日中はあなたが1人でおむつ替えをしてね」と
気づかせました。


その後のおむつ替えの時に
ぐちゃぐちゃになってるのを発見したりしましたが我慢してわたしが
手を出す時に直しました。

▽貼って父にわかりやすくしていました▽

週5日はデイサービスだったので
週2日のうちの1日1回程度が父だけのおむつ替えだったのでなんとかなりました。
(なってなかったけど)

まとめ「はじめての介護」で家族間がヤバい(愚痴多め)

気分転換

気分転換にたまに美味しいランチを1人で食べていました。

1人で介護をすることに比べたらラクなはずなんですけど

マウントを取りたがる老親と一緒に介護となると本当に大変です。

(ちゃんとできてるならマウント取ってもいいし、なんなら1人にお任せするのですが)

介護側も老人でしっかりしていないと 本当に大変です。
その上、口も手も出したいから・・

うちの場合はわたしがかなり我慢して

「相手はボケ老人なんだから」と心の中で唱え、なんとかやりきりました。

腹が立った時には

もう~お父さん、邪魔やわ~
お母さん、よくこんなのと長年連れ添ってきたね

と父本人に聞こえるように口に出してました(笑)

母の眼の光がこっちを見ていました。

「そうそう、本当大変だったのよ」と言っているようでした。

話せないけどわかっていたようでした。

1人で介護も大変だけれど 家族で協力しながらも結構大変です。

考え方の違いややり方、同じ姉妹でも同居と別居とか 
いろいろ考えさせられた介護期間でした。

その間しっかりと介護をしてあげれたと思います。
そのおかげか わりと手がかからずあの世へ逝ってくれました(笑)
(とよく聞きますよね)

って不謹慎?

葬儀
亡くなれば愛しい人「母」かつて大嫌いだった母が他界しました。亡くなってみれば愛しい人だと思えるって不思議ですよね。...

だってこの後ね、母の死後にわかったこととかあってさ

もうやっていられないよ~

またそれは落ち着いたらおいおい書いていこうと思います。

愚痴多めに付き合ってくださってありがとうございます。

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ABOUT ME
ことりんご
少しのお金で豊かに暮らしませんか。 HSP気質で毒親育ちでも、ミニマリストな生活に出会って 幸せ感が満載になりました。 じぶんらしくハッピーに生きるための情報や50代のミニマリストな生活などを発信しています。